礼儀 2.0 と薪割り再開

Twitter で紹介されていた記事です。

まあ、理屈ぽいなと思う部分もありつつも、そうだよね、なんて思ってしまう、礼儀 1.5 くらいの世代のオッサンです。
記事自体は面白く読んだんですが、千羽鶴騒動で、こんなツイートを見かけました。

この方の立場などは知りませんけど、いい切ったな、というのが率直な感想です。

そもそも、千羽鶴を折って送るという発想自体は、礼儀 1.0 的なものであって、要するに相手のことはお構いなしなわけです。

まあ、この方は、礼儀 3.0 くらいぶっ飛んでのかもしれませんが、募金をしていて、小さい子供が豚の貯金場を持ってきて、それを割って 1 円だの 5 円だのばかり、合計で数十円募金したら、両替のコストのほうがお金の価値を上回る、迷惑行為だ、というんでしょうか?
事実、1,000 円の折り鶴を開いてお札に戻す手間に文句を言っているわけです。
100 羽ですから、10 万ということになります。

神社なんて、賽銭箱には、1 円 5 円とかばかりで、バケツいっぱい、底が抜けるほど集めて、それをきれいに洗って干して(両替機壊れるため)、それで数千円にしかならないわけで、自分で集めるからいいようなもんですが、人を雇って人件費等を支払っていたら、明らかに賽銭の額よりもかかるんですけど、まあ、それでも賽銭を納めた方は、奉納したと信じているわけですから、それなりに扱わないといけないのです。
大きなお世話かもしれませんけど、寺社に参拝される時は、両替するコストを下回らない程度のお賽銭は納めたほうがいいと思います。
もっとわかりやすくいえば、5 円とか、1 円とかは、やめてください、ということです。

袋に入っているの嫌だと言っています。
自分も神主ですから、玉串料などを納めていただくと、当然袋に入っていて、いちいち袋から出して、銀行に持っていかないとお金として使えません。
しかも熨斗袋って結構高いんですから、勿体無いし、ゴミに捨てるわけにもいきません。
でも、袋に入れるなとも言えないですしね。

寄付というのも、なかなか難しい世の中になっているようですが、自分が人間が古いんでしょうかね?

一応、うちも罹災しておりますのでね、袋に入れたい人は、鶴を折りたい人は、ぜひ、うちに送ってください。
復旧工事にありがたく使わせていただきます。

それで、土砂などを片付けようにも、役所にどこに捨てに行ったらいいのか、ということを問い合わせて、回答が得られていないので、今日は昼から薪割りを再開しました。

ダンプを借りて機嫌よく 3 台程割ったところで、薪割り機の調子が悪くなって、結局、一度に 3 箇所に木くずが噛み込んでいたことが原因なんですが、修理するのに 2 時間もかかってしまって、へとへとになりました。

指定可燃物の看板もできたんですが、今はちょっと消防署もそれどころじゃないでしょうね。
まあ、いつでも立入検査に来てもらえるように、設置は早めにしておきたいと思います。

ViO のバッテリーですが、ちょっと弱いような気がしました。
日付を見ると、H26.1.5 となっていますので、かれこれ 4 年半ということになりますから、流石にそろそろかなと思います。
サイズは、80B24L でした。
ホームセンターセブンさんだと、1 万ちょっと もします。
ヤフオクの毎日くじで 20% 以上が当たるか、あるいは 5 のつく日にでも買おうと思います。

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礼儀 2.0 と薪割り再開” への2件のコメント

  1. 千円札を折っても金銭的な価値である金額は変わらないので、無意味、と言うのが私の考えです。

    平時において、遊びでやるのはいいですよ
    でも災害発生時の非常時に置いて、被災地側に余計な手間を掛けさせるのは良いこと?
    時間と効率と作業負荷の一面を考えると、千羽鶴は何の役にも立ちません。

    千羽鶴を送る人は、それを受け取る側の事を考えているの?

    気持ちの問題だと言って噛みついてくる人がいますが
    それなら自分は千羽鶴だけで生活していますか?
    千羽鶴を食べるのですか?
    千羽鶴を服の代わりに着ているのですか?
    千羽鶴が救助してくれますか?
    千羽鶴が物資の輸送をしれくれますか?
    千羽鶴が水の代わりに飲めますか?

    現金を宅配で送る事の法令は別にしても、そもそも千羽鶴の形で送る場合、かさばるでしょ
    金額辺りの体積を考えると輸送効率が悪い、お札以上の空気を運んでいます。

    千羽鶴を折る労力と時間を被災地のために直接的に使えよって思う。

  2. yas さん、その意見は当たり前のことなんですけど、それが理解されたら、世話ないことかと。
    そういう視点は、礼儀 2.0 の視点です。

    自分は、こういう募金だの、支援だのは、「サービス業」という側面があると考えています。
    つまり、赤十字だとか、役所だとか、いろいろな機関というのは、助けたい(いいことをしたという気持ちで満足を得たい)という人たちと、支援を必要とする人とを繋ぐ、ナカトリモチであるということかと。
    そこで利益を得る(中抜きする)ことが目的かどうかは別としてです。
    ですから、中の人は、1,000 円札の折り鶴を展開するのが仕事でしょ、と思うのです。
    被災者のために仕事をしているわけで、業務効率が悪いなら、それをどうにかするのは、彼らの仕事でしかないと思うのです。

    熨斗袋などでも書いたとおり、袋も無駄(袋のお金も勿体無い)、1,000 円であっても、最終的には 1 円と同じく、銀行の残高というデータに変換する作業が必要です。
    そして、輸送効率だのを云々すれば、もっと極論すれば、振り込めよ、になるわけです。

    神社の賽銭箱も電子マネーや QR コード支払いにしたい神主の意見でした。

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